ラー

高野史緒(2004.05)早川書房 ISBN:4152085711 【SF】

 ピラミッドの謎を解明するべく、タイムマシンに乗って現代人ジェディは紀元前のエジプトに降り立つ。
 考古学に興味を持つ現代人が紀元前のエジプトにタイムスリップし、そこで現代的知識を披露して「おお、あなたは神(の娘)」などと崇められる、というのがこの手の話の基本設定で、本書『ラー』もその基本を大きく外れてはいない。しかし、その現代人が政変などに巻き込まれ波乱万丈の展開を辿ったり、果たして現代に帰れるのかという興味を中心に据えたりする常道の展開とは大きく外れ、本書はストイックなほど、ピラミッドへの興味と信仰のかたちを描くことに筆が費やされる。したがって本書はきわめて静謐な物語として成立していて、その雰囲気がとても素晴らしい。しかし本書で最も素晴らしいのは監督官メトフェルの造形であって(本書は主人公ジェディよりも、むしろ彼の物語と言える)、彼の心の中を描いたある種神々しいエピローグは本書の圧巻であり、高野史緒の非凡な才能をうかがわせる。小品ではあるが、記憶に残る秀作。