モンキーアイランド・ホテル

井上一馬(2004.01)講談社文庫 ISBN:4062739259 【ノベル/ミステリ】

 ボブ・グリーン『チーズバーガーズ』『アメリカン・ビート』などを訳した翻訳家が初めて手掛けるミステリ・タッチの作品集。ふたつの中編を収録した書き下ろし文庫。
 表題作「モンキーアイランド・ホテル」は洗練された筆致で書かれているが、逆にその洗練された文章が、この小説を「ひと昔前の作品」という雰囲気に染め上げてしまっている点が惜しまれる 。内容もそれほど印象に残るものではない。
 この作品集で重要なのは、後半に収録されている「奇跡」のほうだ。「自分の作品を先生の名前で出版してくれないだろうか」という手紙を受け取り、その誘惑に負けてしまった作家と、その手紙を出した女性とを交互に綴ったこの作品は、勿論「何のために自分の作品を他人に渡したのか」という心の謎を扱っているが、ミステリとしてそれほど凝った仕掛けや発想があるわけではない。むしろ「奇跡」の読みどころはまったく別のところにあると言うべきだろう。しかし盗作(剽窃)がテーマでありながら、これほど暖かな結末が用意されているとは思いもよらず、その意外性とラストの余韻が心に残った。完成度云々を気にせず、読後素直に「いい作品を読んだ」という満足感に浸れたのは久しぶりのことで、これは技巧や粉飾を抑えた文章の力も大きく作用している。
 真正面からミステリとして評価すべき作品ではないと思うが、ミステリの構成を借りなければ成立しない物語であることも事実で(米澤穂信さよなら妖精』はまさにそういうタイプの力作)、そういう意味でも好感度は高かった。声高に周囲に勧めようとは思わないが、愛着の強い一編と言える。