平井骸惚此中ニ有リ

田代裕彦(2004.01)富士見ミステリー文庫 ISBN:4829162341 【ライトノベル/ミステリ】

 探偵小説作家・平井骸惚先生に弟子入り志願した帝大生の河上君、先生の御令嬢・涼さんとともに評論家の怪死事件に挑みます。雑誌《新青年》が創刊された翌年、大正十二年のお話でございます。
 微笑ましい、の一言に尽きる。文章、キャラクター造形、展開、薀蓄、全てにおいて微笑ましい。これはどちらかと言えば作品そのものがというよりも、頑張っている作者の姿勢が微笑ましいということで、例えば肝心の平井骸惚先生がいちばん人間的な魅力に乏しいとか、コロッケのころもには何を使って揚げたのだろうという内容上の細かな点とか、そういうことを全てこの微笑ましさが帳消しにしてしまう。密室トリックは加田伶太郎福永武彦)の短編に同一のものがあるが(チェスタトンの変形)、これも目くじらを立てるほどのことでもあるまい。これからもこの路線で書き続けるのなら次も読みたいと思う。澄夫人が素敵だ。

 但し、それでも矢張りいくつか指摘しておきたい点はある。
 第一点、平井という名前の探偵小説作家を創造する一方で、江戸川乱歩の名前も作中に出してしまうのはおかしくないか。江戸川乱歩の本名は平井太郎なので、作品世界では平井姓の作家がふたり存在することになり、これが後の展開における伏線になるのかと思ったら、そうではなかった。江戸川乱歩の名前を出したのは「二銭銅貨」への言及が必要だったからだろうが、この辺り、やや無用の混乱を引き起こしてしまったようにも思われる。いっそ骸惚先生の姓は、平井でないほうが良かったのではないか。
 第二点、時代考証面をいちいち指摘するのは煩わしいだけなのでひとつだけ、「五尺と六寸(約一六七センチ)ばかり身の丈、中肉中背」というのは作者のケアレスミスだろう。昔の日本人は背が低かったので、167センチあったら大男の部類に入る。まして六尺の長身を誇る外惚先生は近所でも評判の巨体ということになるのではないか。

 あっと、書き忘れていた。タイトルおよび主人公の名は『宮武外骨此中にあり』から取ったのだろう。宮武外骨は反骨精神を貫いた明治のジャーナリストで、相当魅力的な人物だったようだ。主人公の名前を外骨から取るとは、なかなか渋い。