私が語りはじめた彼は

三浦しをん(2004.05)新潮社 ISBN:4104541036 【エンタテインメント】

 かつて、たしかに愛は存在した――のだろうか?
 〈大器の本領、ついに現れる!〉という帯のコピーに嘘はなく、とりわけ第一話「結晶」を読み終えたときには質の高さに驚かされた。但し、連作全体を俯瞰すると首を傾げる点が無いわけではなく、それはここに収録されている短編が全て男性の視点から語られている点が主な要因なのだ。この連作は大学教授の村川を中心とする複雑な人間関係に巻き込まれた人間たちを描いたもので(そして村川は結局最後まで本格的には登場しない)、村川を周りの人間たちの視点から立体的に描こうとする試みを作者が持っていたのなら、直接村川に関係する女たちの視点から彼を描けば良かったと思うのだが、本連作はすべて村川と関係を持った女たちの周辺にいる男性の視点で進行するため(一編例外あり)、語り手→女性→村川という図式となって村川が微妙に遠い存在となってしまい、最後まで村川の印象が薄いまま結末を迎えてしまったような憾みがあるのだ。村川を描くのではなく、さまざまな立場からの人間関係の断絶を描こうとした連作なのだと解釈しても、一抹の中途半端さは否めない。うまく逃げたな、という感が残ってしまう。きわめてレベルの高い連作なので、ここを突破できていたら直木賞受賞も夢ではなかったのではないか。
 但し、第一話を傑作と呼ぶことに躊躇は感じないし、第五話「冷血」の抑えたエロティックさも素晴らしい。この作品集が三浦しをんにとってひとつのメルクマールとなることは間違いないのではないか。今後の活躍がますます楽しみだ。

私が語りはじめた彼は