探偵伯爵と僕

森博嗣(2004.04)講談社 ISBN:4062705702 【ミステリ】

 〈ミステリーランド〉第四回配本中の一冊。His name is Earl.
 森博嗣は人間の思考や意志を(善悪の概念とは関係無しに)美しく描くことのできる稀な作家だと思う。本書にもその長所は現れている、というより本書最大の読みどころはそこなのではないか。探偵伯爵の造形、そして主に後半で展開される、主人公が自分でいろいろなことを考えてゆく思考の流れが素晴らしい。
 〈ミステリーランド〉が開始された際、某作品に対する「子供にこんな小説を読ませたくない」という批判をいくつか見かけたが、子供はニュースを見ていないと考えているのだろうか、もしくはニュースも見せないつもりなのか、と思った。『探偵伯爵と僕』も、子供に読ませるにはきわめて重いテーマを扱っている。しかし、作中で描かれるような事件は、もはやありふれているとも言えるほど、現実に発生しているのだ。そこから目を背けず、一緒に考えよう――そういったスタンスで書かれている本書は、佳作揃いの〈ミステリーランド〉の中でも傑出した作品になったと思う。
 他の面についても触れておくと、謎解きとしての完成度を云々するような作品ではなく、社会不適格者的な名探偵像も取り立てて珍しいものではない。珍しいものではないが、面白い。デフォルメの案配が絶妙だと思うし、体の力が抜けるような駄洒落的な会話も楽しめた。森博嗣のノンシリーズ作品は矢張り読み逃せない。