九月の四分の一

大崎善生(2003.04)新潮社 ISBN:4104594016 【恋愛小説】

 どうしてこれほど記憶に残っていないのか不思議に思えるほど何ひとつ内容を覚えていない『パイロットフィッシュ』(著者の名誉のために断っておくが、『パイロットフィッシュ』は初の長編小説でありながら高い評価を受け、吉川英治文学新人賞を受賞した)の著者による恋愛小説集。
 読み始めていきなり思い出したのは、「そうだった、物凄く腺の細い小説を書くひとだった」ということで、しかも四つの短編を一気に通読すると「もしかしてかなり抽斗の少ない書き手なのではないか」と要らぬ心配を始めてしまいそうになるが、そういった腺の細さを支えているのが繊細な文章と、そこから生まれるこれまた繊細な感情の機微。……何だか褒めていないようだが、結構楽しみながら一気に読んだ。やや感傷的すぎるが、文章に品があるので許容範囲内と言えるだろう。詰め込みすぎの「ケンジントンに捧げる花束」には批判的だが、あとの三編は端正な出来で、とりわけ「報われざるエリシオのために」が鮮烈な印象を残す。描かれる女性像が主人公にとっての単なる「都合の良い女」に終わっていない点も含め、高く評価しておきたい。