戸松敦矩『名探偵は九回裏に謎を解く』(創元推理文庫)読了。ご町内ミステリと呼ぶのがぴったりな内容で、爆破騒ぎも誘拐事件も舞台となるこの町内では明るいお祭り騒ぎに等しい、という遊戯的な空気が遵守されている。その割に真相がやや生臭いのは減点材料として働くだろうが(意外性はあって面白いのだが)、なんといってもある種の懐かしさが漂う雰囲気が楽しかった。順序が逆になったが、近いうちに第一弾『名探偵は千秋楽に謎を解く』も読むつもり。
 いまは貫井徳郎『追憶のかけら』(実業之日本社)と日向まさみち『本格推理委員会』(産業編集センター)を併読中。

名探偵は九回裏に謎を解く (創元推理文庫)

 恩田陸夜のピクニック』(新潮社)読了。
 いやあ、作家としてのキャリアもいい加減長いんだし、各出版社から多作を強いられていて疲れだって来てるだろうし、そんな決して良くない状態のなかで、よくもまあ不意打ちの如くこんな瑞々しい傑作放ってくるよなあ。参りました。できることなら歩行祭実行委員を務める主要キャラもひとりくらい作って欲しかったとか、結末が近づくにつれて年配者としての視点からキャラの特質を綺麗に纏め上げすぎているなどの細かな不満も感じるものの、それは飽くまで些細なこと。個人的には恩田作品のなかでもベストクラスの出来栄えだと思います。とりわけ高見光一郎の造形が素敵だ。ベイベー。

夜のピクニック

 探偵役の設定が見事な風野真知雄『喧嘩御家人 勝小吉事件帖』(祥伝社文庫)を楽しく読了したあと、松本清張の短編(「なぜ『星図』が開いていたか」とか)を拾い読みし、いまは恩田陸夜のピクニック』(新潮社)を読書中。冒頭部分を立ち読みしたら止まらなくなってしまった。最後まで読んでみなければ判らないが、冒頭の印象だけで言ってしまうなら、恩田ファンなら読むべきでしょう、これ。

八の弓、死鳥の矢

花田一三六(1996.10)角川書店 ISBN:4047870145 【ファンタジー/架空歴史】

 「八の弓、死鳥の矢」「ルクソール退却戦」「架橋」「いちばん長い夜」「ジェラルスタンの策士」の五編を収録したファンタジー作品集。主人公はそれぞれ違うが、作品世界はまったく同一で、これを総称して「士伝記」シリーズと呼ぶらしい。
 ライトノベル的な面白さは巻末短編「ジェラルスタンの策士」くらいにしか感じられず、あとはきわめて硬派の作品が並んでいるという印象を受けた。架空世界史ということで田中芳樹に近いものがあると言えば言えようが、しかし面白さの質は田中芳樹よりもずっと渋く、むしろ藤沢周平などの武家物(時代小説)に近接している。これは「架橋」に登場する初老の傭兵ネディムや「いちばん長い夜」の伝令イスワーンなどにとくに顕著で、基本的にキャラクターを描くことを目的とする小説ではあるものの、その魅力をライトノベル的に過度に示そうとするのではなく、その生き方の姿勢や美学などを掘り下げて書こうとしているとでも言ったら良いか、ここに収録されているのはそんな作品群なのだ。これほどライトノベルとは異質の作品とは思いもよらず、このひとは江戸時代を舞台にした武家物を書いたら良いのに、とまで思ってしまった。デビュー作ながら表題作「八の弓、死鳥の矢」の完成度は非常に高く、集中一編選ぶとすればこれか「架橋」か。
 不満があるとすれば、この作品集は歴史家的な人物が後世から過去の史実(もしくは歴史に残っていない人物)を振り返るという語り口を採用しているのだが、この語り手が頻繁に自らの感想を口にするため、その度にいちいち語られているストーリーが寸断されてしまう点だろうか。この点については作者が策に溺れているような感を受けた。
 しかし面白い実力を持つ書き手である。今更ながら注目しておきたい。(現在絶版)

 27時間テレビ、いまボクシングが終わりました。それはともかく鹿児島テレビの堀ノ内孝子さんの名前が呼ばれたときには心底ほっとしてしまった。
 なぜか松本清張の短編を読んでいるが、やっぱり惚れ惚れするほど面白い。

私が語りはじめた彼は

三浦しをん(2004.05)新潮社 ISBN:4104541036 【エンタテインメント】

 かつて、たしかに愛は存在した――のだろうか?
 〈大器の本領、ついに現れる!〉という帯のコピーに嘘はなく、とりわけ第一話「結晶」を読み終えたときには質の高さに驚かされた。但し、連作全体を俯瞰すると首を傾げる点が無いわけではなく、それはここに収録されている短編が全て男性の視点から語られている点が主な要因なのだ。この連作は大学教授の村川を中心とする複雑な人間関係に巻き込まれた人間たちを描いたもので(そして村川は結局最後まで本格的には登場しない)、村川を周りの人間たちの視点から立体的に描こうとする試みを作者が持っていたのなら、直接村川に関係する女たちの視点から彼を描けば良かったと思うのだが、本連作はすべて村川と関係を持った女たちの周辺にいる男性の視点で進行するため(一編例外あり)、語り手→女性→村川という図式となって村川が微妙に遠い存在となってしまい、最後まで村川の印象が薄いまま結末を迎えてしまったような憾みがあるのだ。村川を描くのではなく、さまざまな立場からの人間関係の断絶を描こうとした連作なのだと解釈しても、一抹の中途半端さは否めない。うまく逃げたな、という感が残ってしまう。きわめてレベルの高い連作なので、ここを突破できていたら直木賞受賞も夢ではなかったのではないか。
 但し、第一話を傑作と呼ぶことに躊躇は感じないし、第五話「冷血」の抑えたエロティックさも素晴らしい。この作品集が三浦しをんにとってひとつのメルクマールとなることは間違いないのではないか。今後の活躍がますます楽しみだ。

私が語りはじめた彼は